経営学部の歴史

佐々木 吉郎

教育は今日に役立つ人間を作るのではない。
明日に役立つ人間を作るのだ。
佐々木 吉郎

経営学部の昨日・今日・明日

私学初の経営学部

経営学部草創の頃 経営学部草創の頃

明治大学経営学部は、1953年4月1日が誕生日である。
国立大学では先例があったものの、私立大学としては、日本初の経営学部であった。
坂の名前になったファウンダー:佐々木 吉郎先生

ファウンダー:佐々木吉郎先生 ファウンダー:佐々木吉郎先生

創設者は、明治大学総長を務めた佐々木吉郎である。佐々木は、商学部教授として長年、経営経済学を講義し、佐々木経営学とも称されていた。彼は、1927年から3ヵ年(!)、ドイツで勉学し、ドイツ経営学の草分け的存在となっていた。
その佐々木が中心となり、戦後の経営学の隆盛に鑑み、商学部から分離し、「商学」と区別される「経営学」、すなわち製造業やサービス産業の経営管理を対象とする専門の学部を創設したのである。
彼は人格的にも「吉ちゃん」と親しまれ、なんと彼の名に因んだ坂もある。駿河台の大学会館とリバティータワーの間、ヒルトップ・ホテルに緩やかに続く坂が「吉郎坂」と命名されている。(確認したい人は、リバティータワーの脇に、「吉郎坂」と書かれた石標を見ることができる。かつて作家の田辺聖子が“とぼとぼと”この坂を歩いていた。)
アメリカ経営学の勃興
だが、戦前からのドイツ経営学の伝統とともに、1950年代、アメリカの影響を強く受けて経営学は、理論的深化だけではなく、実証的方面でも大いなる進歩を遂げた。著名な経営学者ドラッカーの著作などが刊行され、経営学ブームが起こり、企業経営の世界でも、ビジネスという言葉が頻繁に使われるようになった。ちなみに、経営学部の英語名称は、”School of Business Administration”である。
会計学教育の充実

数多くの有能かつ 見識ある人材を育成 数多くの有能かつ 見識ある人材を育成

また、経営の実践のためには、数理的な能力が不可欠である。そのためには、会計知識が必須であり、学部創設当初より、経営学部には会計学関係の科目が設置され、さらに進んで、公認会計士、税理士を養成する講座も開講されるようになった。また経営実践の場である中小企業診断でも、中小企業診断士の養成が時代の要請となり、そのための講座も開講された。
このような授業科目の充実、課外講座の開設、国際人であるための英語教育の重視などを通じて、明治大学経営学部の志願者は年を追って増加し、初期のおよそ2000人から、1990年のピーク時には2万人を突破した。
総合的な経営学教育
1970年代から1980年代にかけて、日本経済は発展し、また企業の国際化が進んだ。この時期には、膨大な貿易黒字や資本輸出が示すように、日本企業の強さが注目の的となり、日本型経営が盛んに研究された。日本経営学の誕生である。ドイツ経営学、アメリカ経営学、そして日本経営学を総合的に研究し、それを学生に教えていくという経営学部の長所があふれた時代である。また日本の国際化と連動して、留学生特別試験制度により、多くの留学生が経営学部に学ぶようになった。
数多くの研究者を輩出

現在の吉郎坂の様子 現在の吉郎坂の様子

同時に、学部教育だけではなく、研究の面でも、学部創設後わずか6年で、大学院経営学研究科が開設されている(1959年)。その後、修士課程に続き、博士課程を開設し、研究の一層の進展が図られ、また研究者の養成にも力点が置かれた。その結果、多数の博士号取得者が輩出されている。
移り変わる時代への対応:English & IT
しかし、時代は変わる。1990年代に入り、バブルがはじけるとともに、日本型経営にもさまざまな疑問符が投げかけられた。経営学部では、こうした時代動向にも俊敏に対応すべく、英語教育の一層の充実、とりわけ「使える英語」を目指した実践的英語教育に力が入れられるようになった。また情報技術(information technology)教育の拡充が図られた。
「教養」の重視
また1995年には、経営管理、経営会計、経営文化の3コース制が採用され、専門に特化したスペシャルティー教育が志向された。とくに経営文化コースは、従来、リベラル・アーツを重視してきた経営学部が、専門学部としての経営学部の枠にとどまらない文化や歴史を教育する専門コースを設けた点で画期的であった。経営は最終的には人柄の問題であり、そのためには専門知識だけではなく、幅広い、かつ深い「教養」が必要とされている。そのためのコースとして経営文化コースは出発した。
三学科体制へ
さらに時代は変わる。「失われた十年」とも形容される世紀転換期の日本は、さまざまな問題に直面しているが、こうした経営環境の激変を受けて、2002年から、従来の経営学科という1学科制から、経営、会計、公共経営という3学科制に移行した。特に、公共経営学科は、90年代に入って俄然脚光を浴びるようになったNPO(non-profit organization)、NGO(non-governmental organization)に着眼し、教育を行おうとするものである。
多様なる大学院への改革
学部のこうした動きとともに、大学院でも改革を行った。実務経験をもつ人を対象とした社会人入試を採り入れ、さらには社会人専門のコースであるマネジメント・コース(土曜夜間開講)を設け、多数の社会人の再教育(recurrent education)を実施している。また学部・大学院の一貫教育を睨みながら、「3年早期卒業」、3年を終えてすぐに大学院に入学する「飛び入学」の制度も導入されている。
不変のミッションを求めて

執筆: 経営学部教授(経営史学)安部悦生 執筆: 経営学部教授(経営史学)安部悦生

経営環境の変化は早い。そのような変化に柔軟に対応しつつ、その中で「変わらないもの」を探求しているのが、明治大学経営学部である。実践的能力があり、かつ見識のあるビジネスマンを生み出すことが、経営学部の不変のミッションである。これは、「ミッション・インポシブル」であろうか。

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